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初春「花束をあなたに」【後編】

106:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)21:03:26.39ID:lfGEutYSo
「―――無様だな」
一方通行はここにきて、その攻め手を取り下げることなく、極めて冷静に言葉を紡いだ。
対峙した二人にとっての会話は、コミュニケーションツールではないからだ。
相手の感情を悟り、手中におさめ、戦況を自分にとって有利にするために注ぐもの。
だから、容赦はしない。
心の傷と体の傷の重みは確かに等価ではないだろう。
ただ、少なくともこの状況を有利に、かつ差し支えなく収めるためにはそれが一番近道に思えた。
それだけのことだ。
白髪の悪魔はゆっくりと垣根に近づき、膝を落としてつぶやく。
「なンでオマエが勝てないか教えてやる」
この瞬間、初春の脳裏に一つの単語と光景が過ぎった。
―――砂上の楼閣。
垣根が自分に伝え、また誇示していたプライド。
能力の質の違いではなく、シンプルな言葉の暴力によって壊され、今は風化しつつある。
そのまま放っておいたら砂になってしまいそうだった。
「俺とオマエの間にあるチカラの差は、もしかしたら工夫次第でひっくり返せるかもしれねェ。
 だが、オマエがどンな趣向を凝らせて俺に対抗しようとも、
 自分が守るべきものに気づいてないうちは、絶対に俺には勝てない。
 ……勝たせてたまるか。俺があの戦いで守ったものは、オマエごときに崩せるほど安くはない」
垣根は押し黙ったまま、震えていた。
肩をつかんで、孤独を味わっている。
その姿は、初春が垣根を最初に見たときに感じた彼の姿そのものだった。
寒さに震えて、どうしようもない。誰かに暖めてほしい。
だけど、甘え方がわからない。
そんな姿。
107:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)21:13:48.92ID:lfGEutYSo
次に初春が垣根に近寄り、手を触れようとしたそのとき、瞳からは明確な拒絶が伺えた。
でもそれは単純な拒絶ではない。
何層にも折り重なった、複雑な否定だった。
言葉にはならない、寂しさと悔しさを含んだ否定だった。
―――どうしてこんなことになってしまったんだろう。
初春も、一方通行が言っていることの意味はよくわかる。
垣根の弱さは、きっと自分が第一位に対して抱いているコンプレックスの中にあるのだ。
越えたくても越えられない壁。
かつて暗部にいたときの彼を自分は知らないが、暴力が唯一の対抗手段であったことは想像に難くない。
学園都市が抱える『闇』から解き放たれたとき、居心地の良い場所に甘えている自分が許せない、とか。
今のままでいいのか、とか。
絶対に譲れないものは他にあるんじゃないのか、とか。
ある意味ではストイックだし、ある意味では病的なまでに闇に固執している。
でも、そんなものは清算しようと思えばいくらでもできるはずだ。
気づかせてあげられなかったのは、彼を介護すると決めた自分に覚悟が足りなかったから?
彼の気持ちなんて、気づいてたじゃないか。明確な言葉なんてなくてもよかったじゃないか。
照れとか、不安とか、そんなの放っておいて、優しく包んであげればよかった。
こんなことになる前に、自分が教えてあげればよかった。
もっとシンプルに、できたはずだ。
答えなんかいらない。今ある状況に満足するべきだった。
闇から目をそらしていたのは自分も同じかもしれない。
彼と一緒に罪を背負うと決めたのに。
自分がしてきたことは、何だったんだろう。
―――私は、やっぱり無能だ。
思考が黒い海に堕ちて、圧力で体がばらばらになりそうだった。
目の前で大切なものが壊れる姿を見るのは、こんなにも辛い。
心に直接訴えかけてくる。
それだけ、彼が愛しい。愛しいから、痛い。
109:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)21:23:21.64ID:lfGEutYSo
「それでも……私は」
精一杯強がって、笑顔のまま初春は涙を流した。
もはやこの感情を名づける言葉は一言しか存在しない。
黒い波に流されそうになっている自我。
どうにかあがいて、心が伝えてくる諦めの津波を押し止める。
こんな状況だけど、やっぱり変わらないものだってある。
自分に今できることはそれしかない。
だから、ようやく、一言伝えた。
「―――ッ! これが愛じゃないなら、何が愛だっていうんですか。
 私は、大好きです。垣根さん。……そんなあなたが大好きです……ッ!!」
「だから―――」
だから?
言葉はそこで途切れた。
花飾りが地に堕ちる。気を失った初春を、学園都市の第一位と第二位は確かに目撃した。
110:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)21:29:52.70ID:lfGEutYSo
垣根が反応するより早く、すさまじいAIMの波が辺りに収束する。
一方通行が展開していた風よりも、もっと範囲が広い。
突風というよりは自然災害に近い。
初春飾利を支点にして、“何かがそこに降りてくる感覚”を感じた。
「……ッ!? なンだ………!? いや……この感覚……!!」
音はしなかった。
閃光が周囲に飛び散って、留まる。
一方通行の演算能力をもってしても、そのポテンシャルを測ることは不可能。
だが、かつて彼が、一人の少女を救おうと奔走していたとき、この感覚は感じたことがあった。
懐かしい、血みどろの思い出。
やがてあたり一面を閃光で照らしたその存在は、初春の体の上部に留まる。
そして、
『―――ふむ。気dasgがfah変わった』
天使がこの世に姿を現した。
112:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)21:53:24.19ID:lfGEutYSo
「な……、」
『ほう。これは久しい。元気そうでなによりだ。その後はどうだ。禁書目録には会えたか?』
余裕のある表情で舞い降りた天使―――エイワスはまるで旧友に出会ったかのようにそう言い放った。
警戒すらしていない。
挨拶程度の注意しか向けていないようだった。
『おや、まるで私が何かしたような言い草だな。君の『多元物質』とやらが彼女にどれだけの負荷をかけていたかもわからないのか』
『まあ、理由はそれだけではない。君があまりにも不甲斐ないのでな。
 こんなことで興味を削がれては困る。だからこちらで処置をとらせてもらった。失望させるなと言っただろう、垣根帝督』
エイワスの表情には相変わらず喜怒哀楽が存在しなかった。
言葉尻からなんとなく状況を楽しんでいるようだが、実際の真意はすくい取ることができない。
『木山春生は15分と明示していたようだが、それはあくまで通常の場合の話だ。
 放っておいても彼女の意識は数分のうちにサーバー内に取り込まれていた。
 だが、それじゃあつまらないだろう? 君の翼をもう少し見ていたいのだ。
 ああ、こういったことに積極的に私が関わるのは稀だ、光栄に思ってくれ』
『うむ……、やはりこちらだとdkmagヘッダがfsg足りdahないな。座標が安定しない。
―――この娘の意識は預からせてもらおうか、垣根帝督。
 どの道電子の海にまぎれて風化する意識だ。こうでもしないと盛り上がらない』
114:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)22:07:54.19ID:lfGEutYSo
「―――おい」
垣根とエイワスの会話を区切って、一方通行が間に入る。
その表情は垣根と対峙したときには見せていなかった凄みが含まれていた。
「オマエには借りがあったはずだ」
『はて、いつのことやら。
 申し訳ないがそんな昔のことは忘れてしまったよ。取り合うほどのことでもない』
「上等かましてくれるじゃねェか……、クソったれが……!!」
『―――やれやれ。今は君の相手をしている暇がない』
言った側、エイワスの背中から数枚の羽が噴出する。
電脳空間で対峙した際に見せたものとはまた違う。
ゆっくりと形をこの世に留めて、それからまた垣根に告げた。
『さて』
『君にとってのアキレスをこちらで抑えておくよ、垣根帝督。
 電子の海に囚われた君の大切な“何か”。答えが出ていないならここでゲームオーバーだ。
 忘れていないだろう? あの時に交わした会話はそれほど無意味でもなかったはずだ』
『さあどうする。君はヒーローたりえるか? 片翼をもがれても尚、抗うことができるか? 
 見せてもらおうか。君が真に価値ある生命なら、電子の海に飛び込んでこい。
 初春飾利は私が預かる。対価を払う覚悟があるなら、―――待っているよ』
表情からは伺えないにしろ、最後の言葉からは明確な挑発する意図を感じた。
垣根は地面に拳を叩きつける。
演算能力を失った自分にできることは何もない。
心を失った初春飾利の体が、広大な空間にただ残されていた。
116:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)22:25:52.83ID:lfGEutYSo
垣根はエイワスが飛び立ってすぐ、電脳空間への潜入を試みたが、うまくいかない。
どうやら何らかの方法によってプロテクトをかけられているようだ。
意識は明確にあるのに、こちらから潜入することができない。
しかし―――もしも仮に飛び込むことができたとして、初春飾利の意識を取り戻すことはできるのか?
あの天使は確かに、“預かる”と言った。
預かる、ということは手中に収めたということとほぼ同意義。
あのサーバー、“ANGEL”の中にとらわれていると見ていいだろう。
彼女を救うためにはエイワスと向き合う必要があるが、しかし、過去に戦った結果は足元にも及ばなかった。
(……、あのサーバーの名前……!!)
(“ANGEL”―――!!何故気づかなかった……―――ッ!!)
暗部にいたときに、垣根もこの街の動向については多少の知識を有している。
0930事件。
その際に使用された、ミサカネットワークを利用したウィルスの名称も、同じくANGEL。
こんな偶然があるわけがない。
自分がいままで留まっていた場所は。
(……天使召喚のためのシステムの総称か。だから俺の意識が他のクローンに移らなかったんだ。
 ミサカネットワークのように、生み出したクローンを何かしらの手段で天使召喚の媒体に使用しようとしていた。
 人工のモノか天然のモノかはわからねえが、あのクソ天使が不完全にしろ顕在化していたのはそういうことか……!)
点でつながれていた事象がつながっていくのを感じる。
こんなときでも頭を回してしまうのは暗部にいた頃の名残だった。
そして、今打つべき手は―――。
117:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)22:34:25.74ID:lfGEutYSo
(―――ない。見つからない………ッ)
どんなに頭をめぐらせていようが、この学園都市で序列が第二位の存在であろうが。
この危機的状況を打破する手立てが見つからない。
いや、それよりも―――。
(なんなんだ、この気持ちは。俺は、一方通行とケリをつけられりゃ、それでいいんじゃなかったのか)
(なんでアイツがいなくなった、危機に瀕しただけで、こんなに………、)
(俺が―――守るもの? わからない。俺は一体何がしたいってんだ)
(俺は………、俺にとって、本当に一番大切なことは……、)
「おい」
思考の切れ目を遮って、一方通行が言った。
「あの天使があのガキを捕まえたのはわかった。それでオマエはどうするンだ」
「関係あるンだよ」
言った先、胸倉を掴まれる。
拳には演算処置が加えられていなかったが、確かな重みを感じた。
118:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)22:46:41.10ID:lfGEutYSo
「俺はかつてこの街の『闇』に言った。俺の周りでおかしなマネをするようなら、徹底的に潰すと。
 今のは何だ? あのガキと天使はどォいう関係だ? なぜオマエがあのオカマ野郎に接触している?
 ―――答えろ。答える気がないならこのまま殺す」
「おい」
首元を掴んでいた拳に、さらに力が加えられる。
瞳は張り付いたように垣根の方に向けられていた。
殺意が宿っていることは言うまでもない。
「オマエがどこでのたれ死のうが。どこでガラクタみてェな人生を歩もうが。
 俺には関係ねェ。勝手に死ねばいい。
 だが、あのガキはオマエにとって存在をかけて守るものじゃなかったのか」
「答えろ……ッ!!」
垣根の脳波を受信する携帯電話からは何の信号も出ていない。
それは諦めの合図にも見えた。
だから、それが一方通行には許せない。
鏡を見ているような不思議な感覚が彼を支配する。
「二度も殺すのか。あのガキを。ふざけるな。誰の前でそンなへたれたことをするつもりだ。
 いいかよく聞けよメルヘン野郎。これは忠告でもなく、警告でもない。強者からの命令だ」
「―――他でもねェこの俺の前で見捨ててみろ。絶対に許さねェ。今度こそぶっ殺してやる」
それが言葉そのままの意味であることを、理屈ではなく、感情で垣根は直感した。
120:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)23:00:52.18ID:lfGEutYSo
「……、」
垣根は言葉を受けて、体をひきずりながら車椅子に体勢を落ち着けた。
それから携帯を一方通行に預けて、脳波で情報を発信する。
「悪党? そンな小さな括りにもう興味はねェ。それにオマエらだけの話ってわけじゃねェンだよ。
 とにかく情報を開示しろ。協定を結ぶわけじゃねェ。オマエが何もしなくても、俺は『ドラゴン』に話がある。
 へたれてるならここでずっと地に堕ちていればいい。
 俺はオマエが何もしなくても、あのクソ野郎に会いに行く」
言うなり、垣根帝督は思考を通常通りに安定させて、一方通行に向き直った。
それから倒れた初春飾利の側へと車椅子を移動させていく。
「さァな。それはオマエ次第だ。俺は救済をしに行くわけじゃねェ。
 ―――どォしたよ、ヘタレ野郎。少しはやる気になったとでも?」
ゆっくりと、車椅子越しに初春を見つめる。
まだ頬には涙が濡れている。意識は今どこにあるのだろう。
もちろん一方通行に何を言われたかといって、今現在、打つ手立てはない。
それにさきほどまで対峙して殺しあった相手と手を取り合うなど、垣根のプライドが許さない。
それでも、
悔しいが、今は彼の意見を否定する手立てもまた、見つからなかった。
………
……
121:◆le/tHonREI:2011/03/21(月)23:01:51.60ID:lfGEutYSo
今日はここまで。新約の一方さんこんなかんじ?かな?
ってわけでまたそのうち。お疲れ様でした。
124:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東):2011/03/21(月)23:07:46.25ID:2iiagzgAO
更新乙
徐々に終わりが見えてきたな…
この話が終わって二人が結ばれたらその後の平和でイチャラヴな話をやって欲しいもんだ
140:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/28(月)17:24:13.04ID:AO6JXPDco
毎度すごい展開だな…
125:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県):2011/03/21(月)23:09:58.71ID:FuYbiW7h0
>>1
禁書よく知らないけど、この一方通行さンって人すごいかっこいいですねェ
126:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県):2011/03/21(月)23:11:58.20ID:LbSrdiXvo
>>125
ロリコン乙
149:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:47:46.44ID:O9abxa3Ao
こんにちわ。おひさしぶりです。
投下します。TIPSです
150:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:48:36.10ID:O9abxa3Ao
                    
                     
                       #TIPS3『窓際の定温物質』
カーテンを透明な粒子群が揺らしていた。
頬を撫でる空気の層。特有の揺らぎを秘めていて気持ちがいい。
いつもならばこういう状態のときには感性が鈍るのに、今日はどうしてだか非日常を楽しんでいる自分がいる。
私は布団の中でもぞもぞと体を丸めて、暖かい膜をそこに留めるように、体を空間に定着させていた。
携帯にメッセージが入る。とはいっても遠距離の誰かから受け取ったものではない。
目の前にいる、少し不器用で甘えん坊の誰かからの発信だ。
額の上に乗せられたタオルを取り替えられる。
熱量の保持が私の能力とはいっても、体調がこんな状態では演算もまともに組むことができない。
「……多少はましになりました」
「平気ですよ。私、体のほうは昔っから丈夫にできてるんです」
彼の言葉に刺はあっても毒はない。
こういう言葉遣いをしてしまう理由は、彼の性格がそもそも至極シンプルに形成されているからだと思う。
私は諦めたようにため息をついて、口元までシーツを引っ張りあげた。
彼はそんな私を見て薄く笑う。
馬鹿にしているような態度。どうも楽しんでいるようだ。
151:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:49:39.54ID:O9abxa3Ao
垣根さんはわかりきったことを口にして、私に言い聞かせた。
そう、これは風邪だ。ウイルスが体内に侵入して私の体が異常事態を宣告している。
本当なら今日は彼と二人で久々に外出する予定だった。
なのに、昨日の夜からの発熱。なんとなく言い出し辛くて、今日の今日まで黙っていたのだが―――。
 テメェみたいな素人が、この俺の目をやり過ごせるとでも? ナメんなよガキんちょ】
「だって、今日は久しぶりに遊ぶって言ってたし、……垣根さんだって楽しみにしてたくせに」
「……、……ぅ」
言葉に詰まる。
とある事情から彼の思考は、ダイレクトに手元にある携帯に流れ込む仕様となっている。
こういう言い方をされると、彼の言葉がオブラートに包まれていないのは元々の性格もあるだろうが、
やはりデバイスの不良もあるのではないかと思う。
ストレートにそういわれると、正直対応に困る。
だって私は、まだ中学生だし。
「あめとむち……」
「―――鈍感なのかずるいのか、どっちかにしてくださいよ」
それ以上は告げないで、そっぽを向いた。
152:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:50:35.59ID:O9abxa3Ao
「それはそうと、垣根さん。あとは私が自分でやりますし、もう平気ですよ?
 こんな状態だとお話相手にもなれませんし……」
「そ、そんな言い方はしてないです! ほら、あんまり引き止めても垣根さんに迷惑だし……、」
私がそう言うと、垣根さんは一瞬だけ呆れたような顔をした。
失言だったかな、と焦って私が言葉を探しているうちに、もう携帯には次のメッセージが入ってきている。
「茶化してる場合ですか。ばか」
頬杖をついて私を眺める垣根さんは、相変わらず余裕たっぷりだ。
学園都市で7人しかいない超能力者の第二位。
とある事情から私と接点を持つことになったけど、彼の本質はいまだそこにあるような気がする。
私にはちょっと理解できないけど、色々と考え事も多いようだ。
「え」
食べる?
食べるって、ご飯のこと?
「―――『未元物質』って、そんなこともできるんですか……ッ!?」
ぽか、と頭を小突かれた。
……割と本気で期待していたのに。
153:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:51:33.00ID:O9abxa3Ao
「え? か、垣根さんがつくるんですか?」
「……そういう言い方は冗談でもやめてください」
皮肉った言い回しは彼の専売特許でもあるようだ。
何かにつけて自虐的な言葉で自分を蔑む。
垣根さんにしてみれば悪意はないんだろうけど、言われるほうは結構辛い。
早くそんなコンプレックスを解消してあげたいって、いつも思ってるのに。
 そういう意味での保険だ】
「わかってますけど、私の気持ちも少しは考えて―――」
「え。ほ、本気ですか? でも……」
「……、」
なんだかそれじゃあ本末転倒な気もする。
子供が母親の看病をすると言い張って、逆に気疲れさせる光景が咄嗟に頭に浮かんだ。
……でもこの人は、やらないと満足しないだろうな。
さっき自分で言ってたように、この人は身体にハンデを負っている。
その分普段からサポートが必要なのだが、料理なんてできるのだろうか?
まあ、どの道自分の身の回りのことは自分でやらなくてはいけない。
私は気だるさをベッドに置き去りにして、垣根さんがキッチンへと向かえるように準備をすることにした。
154:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:52:20.09ID:O9abxa3Ao
――――――
なんとか用意を済ませてベッドへと戻る。
どうやらお粥のようなものを作ってくれるらしい。
最初はちょっと面食らったけど、正直気持ちは嬉しい。というかかなり嬉しい。
垣根さんは基本的に何でもそつなくこなせるイメージがある。
私みたいなお子様よりやっぱり人生経験が豊富だろうし、何だかんだ包容力もあると思う。
ちょっとワガママなところが玉に瑕だけど。
どんなお粥が出てくるのか楽しみで仕方がなくて、ついつい携帯電話を覗きたくなる。
不意に顔がにやけてしまう。
きっと今頃悪戦苦闘しつつも、一生懸命料理をつくっているはずだ。
さすが垣根さん。そういうとこ大好き。
すると。
間違えたらしい。
それは砂糖らしい。
やばいらしい。
腹に入れば一緒らしい。
何かが起きたらしい。
「か、垣根さーん! えーっと私なんだか急にお腹が……」
気づけば逃げ場はなくなっていた。
155:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:53:26.95ID:O9abxa3Ao
毎度のことながら不思議な縁だと思う。
自分と彼の最初の接点は、ろくでもないものだったのに。
唐突に自分の前に現れて、悪意と暴力を広げて、唐突に消えた。
何の因果か今はこんな醜態を見せるような仲になってはいるけれど。
……彼は。垣根さんは。当時のことを覚えていないみたい。
だからどうだというわけじゃないけど、これは言い出すべきことなのかたまに悩む。
ファーストコンタクトで相違があったのは事故みたいなものだろうけど、それはそれだ。
なんとなく、すれ違いを引き伸ばしたらよくない、と第六感が私に告げるのだ。
反面、その過去は私にとっても彼にとっても辛いことだし、もうちょっとタイミングってものがあるような気もする。
何かの拍子に切り出せたらそれが一番いいのだけれど。
―――実は、垣根さんに踏みつけられてました!
なーんて軽い調子で言うようなことではない。これは確かだと思う。
イヤイヤ、私自身はもう気にしてないんだから、いいのかな。
でも、垣根さんはどうだろ。
しばらくして、私の意識をつなぎとめるようにそんなメッセージが受信された。
不安でもはや気が気ではないけど、せっかく作ってくれたのだから食べないわけにはいかない。
台所に移動しておそるおそる様子を見てみると―――
「お、おいしそうです……!!」
156:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:54:14.93ID:O9abxa3Ao
――――――
「じ、自分で食べられますってば」
「ふぐ……」
さっきから口元に無理矢理お粥を詰め込んでくる。
なるほど……垣根さんはこんな気持ちだったんだ。
私は女だからまだいいけど、やっぱり恥ずかしかったのかな……。
「うぅ……、だ、だって、介護するならとことんやりたいじゃないですか……」
「うぐ」
……なんだか今日の垣根は素直だ。
いや、これは素直なんじゃない。私の反応を見てからかっているんだきっと。
ほんと一筋縄ではいかない性格してるなあ。
「……はい。正直どんな『未元お粥』が出てくるか不安でしたけふぁっ!?」
話しながら、垣根さんの視線が一点に留まった。
私の口元を見てにやにやしている。
それから、それから……。
「? 何かついてま―――ッ!?」
……。詳しくは書かない。かけない。
指でとればいいのに、もう。
157:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:55:06.29ID:O9abxa3Ao
食べ終わってすぐに、垣根さんは窓際のカーテンを眺めながら私に尋ねてきた。
「……?」
 大抵の場合、いい思い出よりも悪い記憶のほうがいつまでも残ってたりするだろ】
急にどうしたのだろう。
普段の彼はそんなことを言わない。意図してないにしろ立場が変わって、感傷的になっているのだろうか。
「……、……」
垣根さんにとっての“悪い記憶”とは何のことなんだろう。
私とかつて出会ったこと―――ではないか。それ以外の何か、ということだろう。
残念ながらその胸中をまだ告げてもらっていない。
だけど、言わんとしていることはなんとなくわかる。
進歩、か。
「辛いことがあるから成長できるっていう理屈はわかりますけど、無理に釘を打つ必要はないんじゃないんでしょうか」
「うまくはいえませんけど……。そうですね。
 たとえば垣根さんが過去にどんなことをしていても、当事者でない私にそれを責めることはできないと思うんです」
「悪い記憶は誰に言われなくても覚えてるっていうなら、いい思い出だけ二人で話しませんか? そのほうが……よっぽど建設的です」
なんとなく、私の言葉は彼の意図するところではなかったようだ。
が、それとは別の意味で理解したといったところだろうか。
こういうケースはよくある。
158:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:56:21.12ID:O9abxa3Ao
「う、うるさいですね。散歩したい散歩したいって、垣根さんが言うからそうなるんじゃないですか」
 それってズルくねえか? じゃあテメェはしたくないのかよ?】
「う……、そりゃまぁ……私だって……えっと……、」
言って、頭を撫でられる。
もう抵抗する気力はなくなっていた。
過去の話をするのは、もういいだろう。私と垣根さんに今求められているのは、そういう後ろ向きの考えじゃない。
今は色々あって、垣根さんも気持ちが混乱しているに違いないのだ。
かつての出来事を清算するのは、やっぱりもう少し時間が経ってからにしよう。
もっというなら。
黙っていてそれで二人の関係が安定するなら、きっとそれでもいい。
悪い記憶は他人が言わなくても心に残っているんだし、それは個人の範囲で胸にとどめておくべきことだ。
透明な痛みは今でもたまに私の右肩を締め付けるけど、少なくとも、今は視点をそちらに移すべきじゃないんだ。
これは優しさではないかも。自己満足かもしれないけど。
今はもう少しだけ、この関係に身をゆだねていたいから。
「少しだけ眠っていいですか?」
垣根さんの手のひらに頬を寄せながら、私は目をつぶる。
―――いつかすべてを話せる日が来ると信じて、その日の出来事を“いい思い出”にするために。
#TIPS3:終
160:◆le/tHonREI:2011/03/31(木)10:59:17.57ID:O9abxa3Ao
ここまで。お粥食べたいですね。お疲れ様でした。
本編はこれよりジェットコースター並の展開を迎えますので、今のうちに準備をどうぞ。
P.S.
どうでもいいけどピクシブのピクペディア、帝春の項目を編集した人。
先生怒らないから後で職員室に来るように。
159:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/03/31(木)10:56:57.91ID:/rvGfV9Mo
ウワァアアア
175:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/03/31(木)20:39:33.10ID:016/BnZ30
>>1乙です
良い感じにニヤニヤする
ピクペディアは先週見た時は書かれてなかった気がするから、あの文章は今週あたりに書かれたっぽい
最初見たとき爆笑してしまったwww
214:◆le/tHonREI:2011/04/25(月)01:46:23.81ID:Iei0SqEko
                              ※
「ほら、やっぱりミサカの言った通り」
時刻はすでに明け方に近い。
垣根の住居に集合したのは、かつてこの街の『闇』に翻弄された四人の若者だった。
うちの一人は昏睡状態。今回の一件のキーマン、初春飾利である。
彼女以外の残りのメンバーも、それぞれ何かしらのハンデを負っている。
暗部に触れた代償といっても差し支えはない。
「事情が変わっただけだ。黙って座れ」
「ほんとにそれだけ?」
「二度言わせるな」
垣根は一方通行が視線を合わせずにこちらを見る様子を見て、この二人の関係に疑問を抱いた。
というか、どこかで見たことがあるような気がする。
デジャヴではないとは思うが、記憶の錯覚と呼ぶには違和感があった。
「そっちの二枚目が第二位でいいのかな? 困るなあ、ミサカにだって複数プレイの前は心の準備が」
「いいから黙れ」
深夜の密会には最適な場所とはいえ、殺しあった両者はソファを挟んで険悪な雰囲気を維持していた。
番外個体だけが一人、ニコニコと悪意のある笑みを振りまいている。
―――というか、ミサカ?
「適当に想像しろ。説明するのも面倒臭ェ」
「オマエが開示する情報の内容によるが、まァ必要だろォな」
「また説教されてェのか?」
「……、……?」
垣根の携帯電話を使ってやり取るする二人を訝しげに眺める番外個体だったが、
すぐに事情を察したようで特段突っ込みを入れることなく腰を下ろした。
「前置きはいい。話の続きだ」
夜は明けても闇はまだ明けない。誰かが光を当てるまで、ずっと。
こちらの世界に自転周期はないのだ。
215:◆le/tHonREI:2011/04/25(月)01:49:33.16ID:Iei0SqEko
「あの花飾りのガキはオマエの“仲介人”と言ってたな」
未元物質の唯一の仲介人初春飾利。
卓越した演算能力を誇るくせに、脆弱な『自分だけの現実』しか備えていないお人よし。
「オマエの意識はデータ化されて学園都市の中枢サーバーに保存されている。
 トランスフォーム、コンバータ。言い方はどォでもいいが、
 変換装置としてあのガキを使っていたわけだ。そこまではいい」
「問題はその中枢サーバーとやらに別のデータが混じっていることだ。
 つまり今現在オマエの脳内には三つの意識が混在している。
 垣根帝督としてのオマエ、仲介人である初春飾利、そして―――」
 尤も、今はプロテクトがかけられているみたいで俺の方からアクセスをかけることはできないけどな】
そして、そのバグがどういう経緯か初春飾利の意識を連れ去った。
目的は現段階では推察することしかできない。
ただ、サーバーの名前からしておそらくは―――。
「あァ」
 あの事件のときに学園都市に現出したのは俺たちの常識が通用しねえ存在だった】
「……ANGEL、か」
 ありゃあ当時の暗部に出回っていた資料のものとは幾分か見た目も違う。
 それでも尚、学園都市の中枢に匿われるくらいの存在だ。
 テメェのミサカネットワークを使った処置と同じと見て間違いねえ。
 俺を以前捕獲した奴らが言っていたのは『兵器』として俺を使用することだったが、アレイスターのクソのことだ、
 目的に合わせて予備のプランを用意していたとしか思えねえな】
「……、クソったれが。あれだけ言わせておいてまだ足りねェってのか」
216:◆le/tHonREI:2011/04/25(月)01:51:21.24ID:Iei0SqEko
「外部からアクセスする手段がないわけじゃねェ」
「ミサカネットワークだ」
一方通行は首元のデバイスを軽く指で叩き、横目で番外個体に目をやる。
視線の先の女は首を傾けて、唇に手を当てる様子はそのまま。
瞳の奥には人を食ったような態度が光っていた。
「あァ、こいつは第三位のクローン体。俺に演算補助を施している無線回路の一部だ。
 コンソールはオマエも知ってのとおり別枠だが、場所さえわかれば手は打てる。
 あとは俺とオマエがどうやってサーバーに侵入するか」
 当時の事情と照らし合わせてみりゃあ、俺にはテメェらの関係もよくわからねえ。
 なぜあの天使にこだわる。仮に協定を組んであのサーバーに侵入するとして、テメェのメリットはなんだ?
 こちらの情報を開示した以上、テメェのカードも差し出してもらう。じゃなきゃ協定は成立しねえ】
「……はっ」
一方通行は鼻で笑う。
「話す必要はねェな。それにオマエに拒否権はねェ」
確かに一方通行の言う通りだった。
悔しいが、今の垣根に自律という言葉は存在しない。
普通の生活を送るならまだしも、初春飾利の能力があってこそ、かつてのチカラを取り戻せるからだ。
「オマエにできることは俺を電脳空間に案内することだけだ。それ以上でもそれ以下でもねェ。
 だが、目的だけなら教えてやンよ。
 前にも言ったよォに、俺の目の届かないところでおかしなマネをさせないようにする。
 あの花飾りのガキは暗部の人間じゃねェ。オマエが自滅するだけなら知ったことじゃねェが、
 ガキを巻き込ンで笑っている野郎がいるなら誰だろうが徹底的に潰す。
 その点で俺とオマエは利害が一致してる。
 ―――質問は?」
「馬鹿か、オマエは」
そこまで言ってから、一方通行はため息をついた。
もう何度となく考えてきたことを、それでも理解させるのにうんざりといった態度だった。
217:◆le/tHonREI:2011/04/25(月)01:53:23.95ID:Iei0SqEko
「全然わかってねェよ。―――“アイツ”がオマエみたいな輩を見ても、同じ台詞を吐く。
 単純にオマエは闇に依存しているだけだ。
 物足りないとか、自分には似合わないとか、体のいい言葉を使って自己矛盾をごまかしている」
「誰かさんと一緒だねえ……あたっ」
番外個体を叩いてから、学園都市第一位は続けた。
「もうとっくに答えは出てンだろォが。二度も言わせるな。それにオマエが言葉を伝えるべきなのは俺じゃねェだろ」
「話を戻す。いい加減飽きてきた。さっさと終わらせるぞ」
言い終わってから一方通行は立ち上がった。
番外個体は肩をすくめて垣根を見つめている。
他にも視線を感じた気がしたが、果たして気のせいだっただろうか。
「その回線にプロテクトがかかっていようがいまいが、
 俺の能力なら電子の流れを逆転させることも、ハッキングをかけることもできる。
 そして、肝心のサーバーへの侵入方法については、オマエのイヤホンを俺に解析させろ。
 三日以内にあのサーバーに風穴を空ける。正規の方法とは違ったやり方でな。
 ―――ンで、」
「はいはい、わかってるよ。まったくミサカ使いが荒いんだから」
「時間がねェのはわかるが、あの天使の言い分じゃあ意識を解体するまでにはそれなりに時間をかけそうな様子だった。
 コイツに“外”でナビゲーターをしてもらった状態で、俺とオマエで電脳空間に飛び込む。
 目的は―――三つの意識を完全に分離させること。腹ァくくったかよメルヘン野郎」
言い終わる前に垣根はデバイスを一方通行に向かって投げていた。
納得はできない。それに、さっきまで殺しあっていた仲なのに今更仲良く打ちとめられるわけがない。
それでも、彼女を救うためには他に方法がない。
苦渋の選択だった。
218:◆le/tHonREI:2011/04/25(月)01:55:35.83ID:Iei0SqEko
「連絡は三日以内だ」
言い残して二人は部屋を出て行った。
静寂が戻って、初春と垣根だけが室内に残される。
なんだか自分はすごく遠回りな道を歩んでいる気がする。
もっとシンプルに、こうなる前に達成できるような事象なのに、あえてそうでない方法を選んできたような気もする。
好意とプライドを天秤にかけたつもりだった。
でも、実際には釣り合いなんて取れていなかったのではないか。
重さに負けたと言ったが、果たしてそれは本当に負けだったのか。
だとすれば、諦めていないこの胸のうちの衝動は何なのか。
(あの時と逆だな)
頬を撫でると、体温はまだそこにあった。
おそらく彼女の体は正確に時を刻んでいるのだろう。
意識下に潜んだ彼女の優しさに身をうずめてしまいたくなる。
―――そこまで考えて、ようやく自分は今まで甘えていたことに気づかされた。
彼女に対してではない。
暗部に、この街の闇に身を置いていたという事実に、甘えていた。
失うまで、甘えていることにも気づかないくらい、呆けていた。
(必ず助ける。必ず。何を引き換えにしたとしても、必ず)
手を握って、肩を抱いた。
こんな小さな体で、何の能力も持っていないくせに、体を張って自分を救おうとした馬鹿がいる。
まったく理にかなっていない。それでも、確かに彼女は自分を引きずり上げた。
だから、助ける。
借りをつくったからではない。
彼女は無力さを嘆いていたが、一体この娘が無力だとしたら自分は何だっていうのだ。
なぜなら―――。
それ以上を考えようとして、やめた。
この言葉を紡ぐのは、次に会ったときだ。
………
……
235:◆le/tHonREI:2011/05/01(日)13:41:27.06ID:Olvh0Yavo
                                  ※
彼女の意識が定着するまでにどれくらいの時間が経ったかわからなかった。
夢の中で自分が意図的に、誰かに対話を求めても答える相手がいないように、
初春飾利の思考は空間を彷徨う。
やがて実体を伴って自分の思考が安定したとき、目の前に広がっていたのは花畑。
状況を理解するより早く、何かが彼女に語りかける。
それが自分をこの地に招いた存在だと知覚するまでは早かった。
だが、とっさの機転をきかせて、精一杯の皮肉を言ってやろうとしても思いつかない。
だから、次の言葉は自然とこうなった。
ジジ、というノイズを伴って、眼前に思念体が姿を現した。
彼と呼ぶにも彼女と呼ぶにもふさわしい言葉が存在しないような姿。
天使は中性なのかと自分の頭の知識を引っ張るが、どこにも情報は蓄積されていないようだ。
 それが間違っているか、正しいかの判断を他人が下せるほどの筋が通っていました。
 でもあなたは違う。―――貴方はあの人を子供だといったけれど、私から言わせればあなたのほうが子供です。
 倫理観に筋を通せないというなら、人にものを説くことなんてできませんから】
 卓越した演算能力と倫理観を伴った存在は、私の歴史の表舞台でもそうそういない。
 そうだな、私見でいうならば後者のほうが適切だ。
 あの街では実体化した事象に視点が向かうものだが、このようなケースは珍しい。
 物語を紡いでおいて申し訳ないが、君の最たる特異はその卓越した倫理観にあるのではないか。
 ―――よろしい。余興もこれくらいならば魅せる価値があるというものだ】
次いで、円卓が出現した。
237:◆le/tHonREI:2011/05/01(日)13:47:37.12ID:Olvh0Yavo
天使の一言目はそれだった。感情の所在はつかめない。
 既成概念に囚われたカンケイに興味はない。毒を落としたらどうなる? 蜜を落としたらどうなる?
 あの少年はその度私に予想できない動きを見せてくれる。いや―――正確には予想できるのかもしれない。
 私の考えとは反対側に進んでくれるからな】
初春が思い出すのはかつての誘拐事件。
博士と名乗る壮年の男性。垣根と脳波をはじめて共有させたあの日。
 理解してくれなくて構わないが、私は存在自体がある種の概念に近い。
 君たちがグラフに点をプロットするのと同じように、座標を自由にこの世界に置くことができる。
 今は仮初の場所としてここを選んだだけだ。私はこの世界のどこにでも、存在できる】
これは直感的に嘘だと感じた。
利害についてはさておき、垣根の意識を囲えるような黒幕がいるのだとしたら、事態を想定していないわけがない。
―――いや。
あるいは、この存在とは別にストーリーを描いていた何者かがいて、想定していたプロットから身を乗り出した?
―――何のために。
もちろん、鑑賞に耐える作品にするために?
言うと、対話者は口元を吊り上げて感情を示した。
どうやら本気で自分に興味を持っているようである。
―――なら、ここで耐えてやる。
自分の脳細胞が音を立てて分裂するのを知覚する。
238:◆le/tHonREI:2011/05/01(日)13:50:48.50ID:Olvh0Yavo
 つまりグレーなる色は存在しない。君と彼は重なり合うことでバランスを保っていることは確かだが、
 君たちの立ち位置自体が調和しているわけではない。客観的に見て、そう見えるだけだ。
 実際は混じることなく、お互いに足りないものを補いあっている。それがなんとも、美しく見えるだけの話だ】
この間、初春は思考を平常に保つことに必死だった。
ここで折れたら思う壺になる。
この天使―――いや、正確にはただの電子の集合体だ。
自分にとって発見として定義される物語を紡ぐことが彼または彼女の目的なのだ。
239:◆le/tHonREI:2011/05/01(日)13:52:26.66ID:Olvh0Yavo
微弱な振動を感知した。
どこかのプログラムに不具合が生じているのかと思いきや、自分の肩がふるえていることに気付く。
そう、自分も垣根に答えを求めていた。
安心させてほしいから、彼に言葉を強要してしまったのではないか。
悩んでいたのは知っていたのに。
 初めて心が通じ合った日にわかっていたのに。私が無力だったから、彼を理解してあげられなかった。
 焚きつけられるまで理解できなかったのは私のミスです。だから、そういう意味ではあなたに感謝もしている。
 どうしようもなく悔しいけど、私にはあの時解決策が見つからなかった】
その語りはやはり、朗読のような独特の響きがあった。
余裕を見せている天使は興味深そうに耳を傾けている。
 不必要な存在なんかじゃない】
240:◆le/tHonREI:2011/05/01(日)14:04:05.36ID:Olvh0Yavo
 結構なことだが、本気でやってしまえば一瞬で終わってしまうよ。
 どうあがいてくれると思う? 彼はどう抗うと思う? 私に説いてみれくれないか】
考えを悟られないように精一杯強がって見せた。
嘘はついていない。
 それでも、最後には私たちが必ず勝ちます】
 あの人はああ見えて演出にはうるさいですから。こんな物語に出演するくらいなら、私と垣根さんでお話を変える。
 リテイクはありませんよ? 私も垣根さんも、次のお話が待っているので】
 それでは見せてもらう。かつてあの男が私の元に現れたように、“こちら側の世界”に啖呵を切るということがどういうことなのか】
こちら側の世界、という単語は垣根と出会ってから何度となく初春がきいた言葉だ。
 
 
       システム      システム
 “君たちの科学が、こちらの魔術にどこまで抗うことができるのか”。
 
 脚本の書き直しなら喜んで受け入れるよ。
 だが、演出が三流だった場合は迷わず廃棄する。私はハッピーエンドにこだわる気はない。
 凄惨な結末も乙なものだ。セオリー通りの展開が悪いとはいわないが】
閉じた世界が広がる。
次の瞬間、電子の海への侵入者を初春もエイワスも知覚した。
終章の扉が開き、スポットライトがいまかいまかと役者を照らすべく疼いている。
震える手は透けてエイワスに伝わっていた。
それでも初春は視線をそらさない。光から目をそむけようとしない。
想いを糧にして、この場所にステイする。体がまだ震えていたが、心の震えはおさまった。
           セオリー
241:◆le/tHonREI:2011/05/01(日)14:12:27.80ID:Olvh0Yavo
――――――
垣根と一方通行はすでに電脳空間に潜入していた。
以前とはまた違う景色にうんざりする。サーバーの負荷はどうなっているのだろうか。
隣にたたずむ復讐の相手。簡単にデバイスを解析してしまった。
手をにぎったり開いたりして、意識の接続を確認しているようだ。
それならよし、と信号が頭に飛んできた。
学園都市の中枢サーバーの場所を特定するまでに要した時間は一日。
つまり垣根が再戦をのぞんだ次の日にはもう戦う相手がかわっていたということだ。
垣根としては白井黒子や佐天涙子に報告してからこの場所に出向きたかったが、
肝心の初春をないがしろにしては意味がない。報告をあいまいにしてこの地に降り立った。
現実の拠点は垣根の部屋だ。
一同がソファの上でサーバーのプロテクトをはずすのに要した時間も、ほんの数分だった。
(悔しいが認めてやるよ。テメェの演算能力は大したもんだ。最終信号の頭をかっさばいただけはある。
 初春のあれとはまた別種の天才)
学園都市の頂点に君臨する男は当然そのCPUも高性能でしかるべきだ。
別段口にすることもなく当たり前に作業をこなす。
垣根とも違う。完全性が似合う無機質な男だ。
 ……いや、正直なところ、俺が対峙したときのアイツがそのままのチカラでここにいるなら、
 オマエと俺で全力を尽くしたとしても無理だろォな。
 工夫でギリギリ引き分けに持ち込めるかどうか。
 あとはこの環境を利用するしか手はねェ。いわゆる地の利ってやつだ。
 言っておくが俺も反吐が出るくらいなンだよ。少しは頭をやわらかくしろ】
本当に腹の立つ男だった。
242:◆le/tHonREI:2011/05/01(日)14:36:05.07ID:Olvh0Yavo
 オマエのデバイスを経由して脳波を直接リンクさせたはずだが】
 あっちの世界での補助はそのまま引き継がれる。
 それに……本来俺の意識は初春としか調和しないんだ。
 テメェの“自分だけの現実”が強固じゃなかったら、テメェもとっくに意識不明になるか、
 俺たちと同じように電子の集合体になり下がっている】
ある意味では賭けだ。
突入した瞬間に視界がブラックアウトしてもおかしくはない。
初春の様子を見るからに、脳波が調和せずとも瞬間的には意識をこちらに保てる様子ではあったが。
 問題は………出力できて8割くらいか。法則性が完全に取り込めない。空間がゆがンでいるな】
合計で四つの意識を取り込んだ電脳空間には、たしかに昔よりもノイズが増えていた。
おそらく限界値だろう。
博士が空間に身を構えていたときの許容量が、あの天使を含めても三つだったからだ。
 
 しかし、失敗したな。テメェとやるときもこちらで勝負をつけりゃあよかったんだ】
一見して理想郷のように見える花畑が二人の目下に広がっていた。
だが、その違和感は隠し切れていない。
ノイズが混じることもそうだが、完成されすぎた美術品に付随する、特有の気味の悪さを感じた。
243:◆le/tHonREI:2011/05/01(日)14:53:41.65ID:Olvh0Yavo
続いてまた、通信が入る。
後方支援と言ったが、実際には垣根たちと同等かそれ以上の効果を期待するポジションだ。
 男の扱いには慣れてないのさ☆】
 この際ついでにこいつの脳を電子化しちまったほうがいいんじゃねえのか】
ため息をつく様子からしてそれなりに苦労はしているようだ。
昔なら笑って馬鹿にしていただろうが、どうもこちらまで気がまいってくる。
 その人の美学は最高のエンターテイメントだったからさあ】
嘲笑が後に響いた。
彼女なりのジョークだと思い、垣根は肩をすくめて笑おうとしたが、寸前に一方通行に詰め寄られる。
目が真剣だった。真剣と書いてマジだった。
 リカバリーしてここに閉じ込めてやる。何がエンタメだ】
それからブツブツと何かをつぶやきながら、一方通行は空間を進んでいく。
番外個体の下品な笑い声がしばらく響いた。
262:◆le/tHonREI:2011/05/02(月)22:42:18.64ID:UzB1rRXMo
それからしばらく、花畑にそって伸びる道を二人で歩いた。
ジョークをいう時間はもうない。
あとはこの道の先に居座る存在を消し去ることだけが目的だ。
時間はそれほど経っていなかったが、一方通行は遠くを見つめたまま垣根にふとつぶやいた。
それ以上は言う必要がない。
垣根も思っていたことだからである。
それからすぐに演算を初める。
視線を受け入れる感覚は暗部のお墨付きである。
『さすがに早いな。おそろいでようこそ。おや、一方通行も一緒か。風の吹きまわしが気になるな』
声だけがどこからともなく聞こえてくる。
感覚的にそう離れた場所ではないようだが、いまだその姿は視界に入らない。
『また性懲りもなくここに来たのか。しかしその問いに答えるにはいささか私の存在は不安定すぎる。
 だが、ふむ。君の心は複雑そうでいてシンプルだな。ガラスのような繊細さと鋭利さを兼ね備えている。
 行動原理の推察はたやすそうだ。垣根帝督と君の共通項はそうそう多くはないが』
『くっくっく、成る程、あdagのときdagのキミに重ねているからか。確かにある意味では同じような状況だな。
 よく這い上がってきたものだ』
『それで偽悪的に生きているつもりだろうが、私の前で建前は通用しないよ。
 垣根帝督と初春飾利は、うむ、確かに似ている。かつての君とあの少女に』
会話を交わしながら、垣根と一方通行は手を読むことに全神経を集中していた。
263:◆le/tHonREI:2011/05/02(月)22:46:47.40ID:UzB1rRXMo
 吐き気がするようなこのタッグを組ませたのもテメェなんだろ? 償ってもらうぜ】
『そのまえに、聞かせfagfhてもらおうかifha君の答えを。見つけてきたんだろう?』
答え。そう、答えだ。
初春飾利の占有する心の範囲。
その問いかけがすべての始まりだった。垣根帝督の心にある彼女の居場所。
すべてはそれに名前をつけることから。
あたりをつつんでいたノイズが眼前に収束した。
この街の最高機密である高次元の存在が、目の前にその姿を現そうとしている。
 その代わりテメェにかける言葉はちゃんと用意してあるぜ。なぁ一方通行?】
 俺とこのクソメルヘンは昔から気が合わない。ところが、今回に限って全会一致で決まったンだ、珍しくな】
『ほう。聞いておこうか。さぞかし高尚な言葉だろう』
風が吹いて、もうすでにエイワスはそこに存在していた。
学園都市、科学の頂点を担う二人の思考が交錯する。
そして、
暴力的なカーテンコール。
啖呵を切るなら、これだ。
視界の切れ端で天使の微笑を確認した。
265:◆le/tHonREI:2011/05/02(月)23:22:43.49ID:UzB1rRXMo
 私があの男に説いたように、君たちにも教えてあげよう】
電子の流れを解析するとともに、二人はエイワスに接触を試みる。
その背中からは例の翼が広がっていた。
空中から展開した『未元物質』が、ことごとくなぎ払われる。
傷一つつけることができない。
爆風が広がる最中、一方通行もまた上空に飛びあがっていた。
大気というものがこの空間に存在するかどうかはわからないが、プログラムされた環境をなんとか解析して能力を発動しているようだ。
垣根帝督が一方通行に負けた要因は、あの正体不明の黒い翼にある。
演算の発現率は8割程度と言っていたが……。
すると。
 サーバーの情報量のうちの半分以上をそこにいる変態が占めてるみたい。
 お兄さんたち、マトモにやりあったらしんじゃうかもよ? 頭を使わなきゃ、ぎゃはっは!】
エイワスからの攻撃は一瞬の気の緩みすら許されないくらいの激しさだった。
地盤が隆起して、上空の二人の周囲にプラチナの羽が攻撃をしかけてくる。
かわすことで精一杯だ。
266:◆le/tHonREI:2011/05/02(月)23:46:51.74ID:UzB1rRXMo
 いまかいまかと観客が結末を待ちわびている。
 いや……、脚本家も、演出家も、君たちにかかわるすべてが、その心の渇きをいやそうとしている。
 血を以て彼らに身を捧げるか? それとも花を以て? 私は選択させてあげているのだよ少年たち。
 まさか何も考えずにここに来たわけではあるまい】
煽る一方通行の額には汗が浮かんでいた。
彼には以前、“魔術”と呼ばれる法則の解析を試みた経験がある。
プラチナの羽に触れることでその攻撃を逆手にとれないかと画策していたが、
そもそも触れた段階で自分が死傷を負っては意味がないのだ。
結果、どうしても攻撃が後手に回ってしまう。
 “この物語は初めから私の手の中で収まっている”】
何度もリフレインした。
心のつぶやきがそのまま顕在化する。それでも恥ずかしげもなく連呼する。
目の前の存在を一瞬でいいから拘束するだけなのだ。
作戦を展開しようにも、こうも圧倒的に攻め立てられてはこちらから手が指せない。
無能という言葉が頭をめぐる。
初春飾利と初めて外を歩いた日、無能力者に堕ちた自分を笑うスキルアウトの顔が浮かんだ。
表情がうかがえなくても、実力が離れていても、目の前のこいつは自分を哂っている。
当時との違いは目的にあった。
(初春が助かれば……、アイツを保護できれば……ッ!!)
自分がどれだけ笑われようが構わない。
267:◆le/tHonREI:2011/05/03(火)00:17:32.02ID:FiaDs7dvo
会話をしている間も両者の間の応戦がとどまることはなかった。
 火力に任せて敵を叩き伏せる戦術に関しては疑いようがない。
 だが、同時に君たちは弱者との戦いに慣れすぎている。
 制限つきの能力者になったところでそれは変わらない。
 工夫の仕方を人が身につけるのは、力を失ってこそのものだ。
 根本的な力量差を持つ相手にたいしての指し手を心得ていないようだな】
垣根の体には無数の切り傷が浮き上がっていた。
電脳空間において体力の違いは存在しない。
だが、人間である垣根や一方通行には精神的なスタミナが要求される。
一方通行を見やると、やはり傷を受けていた。
あの無敵の能力者にも通用しない法則無視の攻撃が牙を剥いている。
 タッグを組むのは自由だが、失敗だったようだな。
 結局のところは単純な足し算だ。
 垣根帝督、君はかつて徒党を組む暗部の組織を馬鹿にしていたようだが、それは果たして適切だったのか?
 相性も考えずに立ち向かってくるのは馬鹿だけだ。
 コンビネーションが成立しないのならば私にとっては何の脅威でもない】
 それともタイマンを張るのがワルの哲学なのかな?】
そんなことにこだわっている余裕はとっくになかった。
できるならば泥を飲んででも一方通行と協力して相手を拘束するつもりだった。
この存在の輪郭をデータとして切り取り、デリートしてしまえば終わるのだ。
279:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)17:26:40.27ID:QyN3OI+eo
番外個体の声に気をとられた次の一瞬、エイワスのプラチナの羽が二人を襲った。
追撃している余裕はなかった。距離にして数十メートル。
二つの体がきりもみ状になって宙を舞う。
(どうなってんだ……、アイツの能力の再現率が、俺たち二人よりもさらに上回っているというのか?)
隣に視線をやると、現実の世界では向かうところ敵なしの能力者が、
その体に無数の傷跡を残して座していた。
若干の落ち着きを取り戻した第一位。
口元の血を拭いながら、呼吸を整えているようだ。
 確かにアイツのチカラは抑えられているンだろォが、
 単純に抑えられたチカラが俺たち二人分よりも勝っているってだけの話だ。
 おそらくこの空間においてあいつを拘束する手段は存在しねェ。
 あいつは足し算だと言ったが、俺とオマエの力を掛け合わせても大した値にはならねェよ。
 イチかバチか俺とオマエの脳波を共有して、
 『未元物質』×『一方通行』で無理矢理に拘束するって手筈だったよなァ】
 だけど、さっきまでのやり取りで指し手は読めてる。あいつも言ってただろ、戦略性を持って迎え撃てば…】
立ち上がる一方通行の額には汗がにじんでいた。
電脳空間における発汗は心理状態を示す。すなわち―――。
 ―――さっきまでのあれが本気だと誰が言い切れるンだ】
280:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)17:34:53.70ID:QyN3OI+eo
『おや、気づいていたか。うまく君たちに合わせていたつもりだったが』
声が空間に響く。姿は未だ見えない。
『作戦タイムは終わりか? くっくfahfh足掻いてくれるならもう少し待っていてやる』
『正確な基準がないので答えかねる。サーバーの許容量以内で済ませているつもりだ。
 本気を出すと君たちの意識が飛んでしまうのでな』
嘲笑が管を巻いて二人を包んだ。
 本気を出す前に俺たちの意識を吹っ飛ばせるンだよ、アイツは】
 テメェ、学園都市の第一位なんだろうが!!
 この街の闇から“最終信号”を守った男なんじゃねえのかよ!!
 引き下がるってのか。ここで? 寝言なんざ聞きたくねえ。
 俺は引かねえぞ。絶対引いてやるものか。やる気がねえなら黙ってろ!!】
サポートに入る番外個体の声が今は心底憎たらしい。
 あんなガキ一人救えないで、天下のレベル5がどの面さげて生きていられる】
281:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)17:49:33.64ID:QyN3OI+eo
そこからは、言葉が勝手に出てきた。
 あいつが目の前から消えちまっただけでこんなに取り乱した。
 テメェらに言われても、何度計算を重ねても、電子の脳細胞をつぎこんでも答えなんかでなかったのに。
 ……でも】
 “浄罪を求めて誰かを救う”とか、
 “大切な誰かを守ってやる”とか……。
 そんな大口は叩けないし、そんな生き方はできねえ。
 
 だから決めた。
 俺たち二人の周りにある世界を壊そうとするようなやつがいるなら、俺はどんな道でも歩んでやる。
 大事にかかえてた安いプライドなんか捨ててやる。
 “守る”のでも“守られる”のでもなく、俺たち二人で道を照らしてやる。それが―――】
言い終わってから、傷ついた六枚の羽を再び展開する。
瞳にもう迷いは写らない。
 たとえテメェが神だったとしても、俺はこんな結末認めねえ。
 こいよクソ天使。終わりにしてやる】
右手を差し出して手招きをした。
勝てる道理などなかった。それでも、その瞳には光りが灯る。
勝利を信じてやまない、唯一の光が瞬く。
282:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)18:19:40.91ID:QyN3OI+eo
 その言葉、忘れンなよ】
声がすると同時、一方通行がデバイスに再び電源を入れた。
赤い瞳には垣根帝督と似たような光が宿っている。
 ―――おい、クソガキに帰りが遅くなると伝えておけ】
何の話をしているのか頭が廻らない。
意識が朦朧とする。
どうやら自分が受けたダメージは彼のものとは釣り合っていないようだ。
 アイツはおそらく“魔術”と呼ばれる特別なシステムの塊だ。
 解析した場合俺の意識がぶっ飛ぶかもしれねェが、まァそンときはそンときだ】
 よォクソ天使。オマエからは以前一発もらってたよなァ?】
『……なるほど。大戦時に最終信号を救うべく、君が編み出した魔術を応用した方程式か。
 科学の庭の羊が紡いだ奇跡。だが、果たしてその公式が私に当てはまるか?』
 どの道これから先オマエらと一戦交えることになるンなら、こいつを使えないと話にならねェ。
 ―――あの時の『歌』はまだミサカネットワークに保存されてるンだろ。
 電子化してここに流すくらいわけねェはずだ】
284:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)18:38:34.86ID:QyN3OI+eo
 あの天使を電脳空間におけるウイルスとして再定義する。
 おそらく初春飾利の意識はエイワスの意識と同化し始めているはずだ。
 俺がウイルスを駆除している間に、
 オマエは脳波を本体と共有させてクソガキを引っ張り出してこい。
 この役目はオマエにしかできねェ。そォだろ。
 なぜなら花飾りのガキの意識はオマエとしか調和しない】
魔術だの、歌だの公式だの。
次から次へと出てくる単語に頭がどうにかなりそうだった。
科学の庭の人間がその単語を使うことだけでも違和感があるのに、
この男は何を真顔で言っているのか。
だが、冗談で済ませるような状況ではないことは誰の目にも明らかだった。
彼の瞳に写った覚悟が嘘ではないことも。
そして、ためらいながら手をさらした理由も少なからず理解できる。
一方通行は答えない。
 もちろんアイツを拘束して分離させるという案に落ち着けばそれでよかったンだけどな。
 面倒臭ェことに、俺の命も俺だけのモノじゃなくなっちまった。
 あとはオマエの答えが鍵だった。そいつを賭けるに値するモノかどうか】
それっきり、二人の視線が交わることはなかった。
285:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)18:54:36.02ID:QyN3OI+eo
一瞬の間があってから、エイワスが目の前に現出する。
無言の承諾だった。
どうやら正面から受け止める気らしい。
彼の興味を引くに足る演出だったということだろうか。
次いで、ミサカネットワークを介してこちら側の“音”に変換された『歌』が、
楽譜を伴ってあたりを包む。
賛美歌にも鎮魂歌にも聞こえる。
旋律は悲しいくらいに美しかった。
そして―――。
一方通行に旋律が収束すると同時、その背中に翼が出現した。
純白の羽。
あの時と、同じ。
自重気味に笑う二人の天使。
すぐ後に三人目を指差して、目を閉じる。
 方程式を展開している間、その答えをすべて聞かせてもらおうか。あとはこっちのバカに任せるとしてな】
 そうだろうヒーロー?】
辺りを取り巻く天使の旋律が激しさを増していく。
転調を迎えたところで、番外個体が声をおろした。
287:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)19:15:06.42ID:QyN3OI+eo
                             ※
漂う意識は自我を形成しうるのか。
初春飾利の意識は流体になって海を泳いでいた。
天使の海。いや、正確には“彼(または彼女)”の呼称は天使ではないらしい。
意識が同化し始めて、分かる。
この存在の意識には悪意も善意も均等に配分されている。
同時にそれは、二つの感情を超越した部分にエイワスが存在しているということを示す。
(暖かい……)
この流れのうち、自分を構成する意識や感情はどれだったのか。
一つにまとまることはなく、どれもが他者のモノのように辺りを流れている。
客観的に見た場合の自分の意識は、思ったほど汚れていないということか。
たとえ汚れていてもそんなに驚かなかったとは思う。
それでもあの人は自分のことを認めてくれたようだけれど……。
(まだかな)
待ちぼうけには慣れていた。
あの人の意識が回復してからは、散歩するときも、家に行くときも、
自分は待たされる方が多かった。
(ほんとわがままだからなあ)
一度たりとも待たなければよかったと思ったことはない。
289:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)19:30:49.52ID:QyN3OI+eo
自分は悲劇のヒロインになるような器ではない。
人並みに汚い感情も持ち合わせている。
あの人にしたって過大評価をしすぎだ。
初春自身も垣根の汚い部分や弱い部分は知り尽くしている。
だけど、どういうわけだかそういった部分がたまらなく愛しいのだ。
完璧を演じる垣根ではなく、不完全な彼の心のシルエットが、初春の心を捉えて離さない。
出会ったときから何となく感じていた、胸の奥を小突くノックの音。
いつしか一定の温度を保ってそこに存在していた。
目には見えない。
見えなくても確かにそこにあると確信できる。
名前のいらない唯一無二の物質だ。
自分はまだ中学生だし、大人になるのはずっと後だし、
よくこういう気持ちを代弁した人とか、雑誌とか、
そういうのは読んだりして知っているけれど、どうなんだろう。
多分これは経験しないとわからない。
そこにいてくれるとなぜか幸せなんだと思う。
野暮な人が答えを見つけたがるから、複雑怪奇な言い方が世の中に溢れているのだ。
(―――そのくせ、いざ迎い合うとやり取りをかわさずにはいられねえんだよな)
意味のない言葉を紡ぐのが対話。
真理はその姿を決して語らない。
(毎回の売り文句を考えるその瞬間が、どうしても癖になるんですよね)
(なんでだかなあ。テメェみたいなクソガキに。昔の同僚が聞いたら泣くぜ。暗部のリーダーが骨抜きだ)
(私のせいにするんですか? さんざん甘えておいて)
(そりゃテメェが悪い。甘えさせるからだ)
本当に口が減らない。
鏡のように映しあう二人の意識が、調和する。
290:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)19:41:46.04ID:QyN3OI+eo
(悪かったな)
(え?)
(いやその……、右肩? ほら、初めて会ったときの……)
(似合いませんね。別にいいですよ)
(うそつけ。テメェは引きずるタイプだろ。後で何かのときに引き合いに出すタイプだろ)
(なっ……、そ、そんな腹黒い女じゃありません!!)
(ほんとかよ? タイミングを見失ってるとか言ってたけど、あれもブラフじゃねえのか?)
(……前言撤回します。垣根さんのそういうとこ嫌いです!)
(うそつけ)
(………うそです……)
心の居場所、魂の存在を一度認めた相手に対して、もう言葉はいらない。
いらないのに、わざわざこんなところに来てまで、
彼はお得意のキザな言い回しを好むようだ。
(外は……そうですか、第一位さんが……)
(早く戻らねえとあのクソ野郎にまた借りをつくっちまう。
 だが、どうやら健闘してくれてるみたいだな。
 意識が分離し始めている今なら、テメェを引っ張り出せる)
(ここもここで居心地はよかったんですけどね)
(言うね。……冗談は置いといて、戻るぞ。情けない役回りはこれで終いだ)
(その前に、私に言うことないんですか? 天使さん?)
思考が定着して、初春飾利の意識が形を成して垣根の前に姿を現す。
こう振られたら、こう返すしかない。
いつからこんなに頭が廻るようになったのか。
………いや、出会ったときからか。
驚きもしない。
つかまえられて抱きしめられて、当たり前のように返事をした。
………
……
292:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)19:58:14.61ID:QyN3OI+eo
                             ※
一方通行の全身に、この世のすべての痛みを集めたような軋みが走っていた。
“解析”にいたるまでの苦痛は経験済みだ。
だが、どうやらエイワスのシステムはそこらの『魔術』とは次元が違うらしい。
“駆除”には至らない。初春飾利の意識と分離することが精一杯のようだ。
電脳空間に走っていたノイズが最高潮に達している。
それでも、エイワスの座標も無事とまではいかないようで、
不安定な歪みを常時あたりに撒き散らしていた。
これ以上ない賞賛の言葉を送る。
言葉がすでに乱れてきている。
心理状態を反映するように、一方通行のデータが崩壊を始めていた。
脳細胞がいくつか死滅しているかもしれない。
補助演算のタイムリミットがあとどれだけ残っているかはわからなかった。
 ミサカネットワークを介してとっくに伝えちゃってるんですけどー?】
 それにしても、よく折れる気になったね。
 あの第二位があなたの何だっていうの? 
 確かに花飾りの子は無関係だし、動機は理解できるよ。
 でも、命を投じてまで守るようなものなのかな? ミサカにはわからないなあ】
 ……といいてェところだが………。
 あァ、俺にもわからねェよ……。
 どっかのバカのウイルスが移ったみてェだな……】
右手に信念を宿した少年の顔が一瞬、頭に浮かんだ。
294:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)20:25:10.66ID:QyN3OI+eo
 ヒーローなんざいらねェ……。
 誰かの描いた物語なんざクソ食らえだ……がフッ!!】
吐血が止まらない。
垣根帝督は目的を果たしたのだろうか。
果たしたなら早く戻って来い。
このクソったれな物語を終わらせろ。
もう誰かの手の上で踊るのは散々だ。
たとえ踊っているのが、他人だとしても。
 俺の神経データの送信量をオマエがさっきから制限してンのは知ってる……】
 ただ、俺が死ンだ後はクソガキから目を離すンじゃねェぞ……】
エイワスは攻撃してこない。
いや、微動だにしない。
意識に一方通行の足掻きを焼き付けるかのごとく、たち伏したまま動かない。
咆哮。
全身から出血する。
光が全身から放たれて、空間全体が閃光に包まれた。
通信が途切れる。
音が消える。
デバイスの電源が尽きて、旋律が止まる。
エンドロールに合わせてその場に立っていたのは―――。
295:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)20:59:53.78ID:QyN3OI+eo
   
―――物語の担い手。
態度はやはり変わらない。
すべてを見透かす瞳。中性的な容姿。乱れたノイズが、次第に安定していく。
 美しい歌声だった】
地に堕ちる一方通行を寸前で受け止めていたのは、―――垣根帝督。
傍らには花飾りの少女。
一方通行は白目を剥いて意識を失っていた。
彼の周りのAIMが、拡散していく。
通信回路が切断されているようで、もう悪態をつく声は聞こえない。
一方通行の体が、現実の世界へと戻っていく。
粒子の束が輪を描いて、崩壊を始めた。
初春飾利は隣でその姿を無表情のまま見つめている。
 私の興味を一定の時間引いただけでも誇ってほしい】
言葉では強気に出たものの、垣根は心底安心していた。
どうやら戦意は失ったらしい。
おそらく初春飾利を救出できるとは思っていなかったのではないか。
隣にいる少女の肩を抱いて、垣根はそれ以上煽るようなことはしなかった。
不完全燃焼には変わらないが、初春の無事には変えられない。
296:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)21:11:24.48ID:QyN3OI+eo
 一定量のエネルギーを同じ場所に留めることは、私にとってのタブーなのだ。
 存在することが痛みに変わるといってもいい。アレイスターが苦労しているのはこの点なのだ】
なるほどと思った。
かつての事件では、虚数学区を構成して人工の天使を現世に置くために、
巨大なネットワークを必要としていた。
いくらこのサーバーが巨大だとは言っても、垣根と意識を共にした時間は短いものではない。
そう考えるなら、彼の言葉にも納得ができる。
どうやら心底、本気でこの余興を楽しむためにこの場所にいたということらしい。
 最後の切り札は自壊か。どこかのジジイと同じような発想だ】
どこかで見たような景色。
そういえば垣根が能力を取り戻したときも似たような結末だった。
なんとなく腑に落ちない。
だが、背に腹は変えられない。
言って、エイワスは羽ばたく。
彼の存在がどこからやってきたのかはわからないが、
その仕草が別れを告げていたことは誰の目にも明らかだった。
―――が。
どうやらまだ、終わらせるつもりのない人間がここに、一人。
298:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)21:29:00.79ID:QyN3OI+eo
 このまま何もせずに逃がすとでも? 許しませんよ。あなたには手加減しない】
この女は何を言い出すのか。
すぐに脳波を共有して思考を読み取ろうとする。
だがつぎの瞬間、電脳空間に風が吹いた。
烈風。
垣根は起こしたりはしていない。
なら、誰が?
―――まさか、
 このままこの人の物語の上で踊っておしまいですか?】
 第一位さんが言っていた『マジュツ』に対してのアプローチは私にはできませんが、
 代わりにあなたのシステム自体を科学側のセオリーに乗っ取って捉えることならできます。
 ほら、さっきまであなたと同化してたでしょ?】
 だが、科学の庭の人間にこちらのシステムを取り入れることはできない。
 君があの公式を使うというのなら、吐血では済まないぞ。あの少年がそうだったように】
 あなたは“存在すること”自体がタブー。痛みを伴ってこの場に姿をとどめる。
 ―――レベル1の能力で、あなたに痛みを教えてあげます。
 垣根さん、力を貸してください】
300:かなり無茶してますが目をつぶってください◆le/tHonREI:2011/05/08(日)21:37:48.43ID:QyN3OI+eo
言ってすぐに、初春と垣根の背中から件の翼が現れた。
 データの上でならあくまでも電子的なものです。
 今なら、あなたと意識を共有した私のほうにアドバンテージがある。
 『定温保存』は温度を操る能力なんですけどね。
 垣根さんの法則を取り入れれば、エネルギーをこの場に保つことくらいはできますから】
次に、飛び立とうとしていたエイワスの両腕両足に、鎖が現れた。
カチカチと音を立てて揺れる。
身動きがとれないようだ。
すなわち、この場にエイワスを留めることで拷問を行う。
初春飾利の普段からは想像ができないくらいの残酷な仕打ちだった。
 やれやれ、支配する側というのも難儀だな。
 よafgaくもそれでhafhaレベルafha1afdhに収まったものasgagだ】
一秒、また一秒とエイワスの体が崩壊していく。
もちろん、彼の存在がこれでなくなるわけではない。
プロットした点が元に戻るだけだ。
くすりと笑う初春。
ふと目をやると、もうエイワスはそこにいなかった。
………
……
301:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)21:54:39.81ID:QyN3OI+eo
――――――
「お帰り。うまくいって何よりだね」
目を開くと、垣根の部屋にいた。
しゃべりかけてきたのは、どこかで見たことがあるような女性。
自分はというと、ソファに寝転んでいたようで、体が重い。
どれくらいの間自分が横になっていたのかわからなくて、時計を見ようとしたら、
目の前に垣根帝督が立っていた。
片手を挙げて、照れくさそうにこちらを見ている。
―――あれ?
「えっ。あ、あれ垣根さん? どうして……?」
聞いても返事はない。
代わりに番外個体が解説してくれた。
「さっきまでそれを話していたんだけどね。
 あの空間を占有していたなんちゃらってのが彼の半身付随の原因だったみたいだよ?
 言語能力は相変わらず取り戻せないみたいだけど」
笑いながらしゃべる彼女の膝元では、一方通行が寝息を立てていた。
番外個体は何やら、
「うーん、マジックないかなあ? すっごいイタズラしたい」とかなんとか言いつつ、顔をいじっている。
それからテーブルの上の携帯電話を手にとって、通信を試みた。
「じゃあ……もう歩けるんですか」
なんだかふわふわと浮かんでいるようなのは筋肉が追いついていないからだろう。
303:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)22:04:26.35ID:QyN3OI+eo
「え」
びっくりして、初春がイヤホンを耳に当てる。
……何の反応も示さない。
脳波を共有させようとしても、うまくいかない。
 推察だが、俺の能力使用にはアイツのシステムが補助的な役割を果たしていたのかもな。
 それなら色々と納得がいく。何回演算を組んでも顕在化しねえんだよ】
右手を握ったり開いたりしながら、垣根は淡々と語る。
「そんな……、せっかくあれだけの才能を取り戻したっていうのに……」
「あ……」
バランスを崩した垣根が初春に倒れこんできた。
とっさに体が動いて、体勢的に抱きかかえるような構図になってしまう。
初春はすぐに視線を横にやったが、案の定番外個体がにやにやとこちらを見ていた。
「ひゅー。見せ付けるねえ、ぎゃっはっは」
そんなつもりじゃ……。
304:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)22:12:48.15ID:QyN3OI+eo
「さて、ミサカたちはもう行くね。お幸せにお二人さん。
 ……あー、そうそう第二位。次に悪巧みをするときはミサカも誘ってよ。
 この人に一杯食わせたいなら相談のっちゃうよ?」
肩で一方通行を抱きかかえて、番外個体は立ち上がった。
口元を吊り上げて笑う様子がなんともおかしくて、つられて垣根も笑ってしまった。
 こいつが許可してくれねえと続きはできねえってな】
「へえ、どして?」
垣根はにやりと微笑を浮かべて、初春の花飾りに手を乗せた。
「~~~っ!」
ばしばしと肩を叩くが、垣根は笑って受け流す。
そして玄関から出て行く瞬間、番外個体が立ち止まったかと思うと、
一方通行の腕がゆっくりと動くところを確認した。
中指を立てて、こちらに合図する。
もちろん垣根も、同じように返した。
305:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)22:23:28.96ID:QyN3OI+eo
―――ばたん。
役者の退場を受けて、部屋には二人っきり。
窓からはすでに冬の始まりを告げる空気が流れ込んでいる。
沈黙を愉しんでいるうちに、初春の脳裏に一つの光景が過ぎった。
―――あれ、この状況、どこかで見たことがあるような―――。
「……はッ!?」
首を抱えられてソファに押し倒された。
暴れるが、上半身の力では対抗できない。
この人は……この後に及んで……。
「だ、だぁめです!! 垣根さんのえっち!! すぐにそうやって!! 誰かー!!」
 ハッピーエンドだ。文句あるかコラ。ねえよな。あるはずがねえ】
「脚本の書き直しを申し立てます!!
 なんでこの人はすぐにそっちに話を持ってくんですかーーー!?」
ばたばたと暴れる。
首筋に噛み付いてやった。
「afgah」とかなんとか、意味不明の言語を話して垣根が床に転がる。
「もお! またこのパターンですかっ! か、帰ります私帰ります実家にかえりますぅ!! 探さないでください!!」
瞬時に荷物をまとめて逃げ出した。
―――まったく何の進歩もしていない。
照れ隠しなのはわかるけど、デリカシーのなさは自分より子供だ。
ドア越しでため息をつく。
ちょっとこのままでは貞操が危ない。
多分彼なりに気持ちを整理したいとか、そういう事情もあるんだろう。
仕方がないから、メッセージだけ入れておいた。
………
……
307:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)22:38:36.93ID:QyN3OI+eo
                                     ※
場所は変わって、とある空間のとある座標。
エイワスと呼ばれる学園都市の最高機密が、珍しく意識を個人に向けていた。
『もういいのかい』
対談は久しいが、旧知の仲だ。気を使う必要もあるまい。
『―――あんなものだろう。今回はそちらのプランに支障が出るレベルまで至ったかもしれない』
『見方の問題だ。やり方によってはうまく短縮できる。しかし“四人目”か。
 イレギュラーがこれ以上増えるようなら私も黙ってはいられないな。これで終わってくれて助かる』
『“終わる”? それはとぼけているのか、ジョークなのか。 これが“始まり”だよ、アレイスター。知っているだろう』
手術衣を纏った、エイワスとは対になるような容姿をした『人間』アレイスターが、言葉を受けてかすかに笑った。。
両者ともに戦意はない。
彼もまた、エイワスとおなじく、物語の紡ぎ手であるからだ。
『彼には余興と言ったが……、この舞台において終わりと始まりは等価だ。
 私は君の舞台に役者を輩出しただけ。
 おそらくそちらの役者に勝らずとも劣らずの傑物だぞ。
 可愛がってやってくれ。
 ―――さて、私はしばらく身を隠す。表舞台に出るのは柄じゃないな。あとはそちらのお好きなように』
『ふむ、確かに。コマが増えればいいというものではないが、
 抱き合わせることで私の目的に近づけることもあるかもしれないな。うまく使わせてもらう』
『でaahgkvnは、まafghahたfdh』
言って、エイワスは再びその座標を彼方へと追いやった。
対談はそれっきりだ。
―――いや、最後に一言。
『感謝するよ。彼の使い方は、こちらで決めてやろう』
………
……
308:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)22:47:24.19ID:QyN3OI+eo
                              
                                  ※
翌朝、初春飾利は目覚めるとすぐに出かける支度を始めた。
昨日はなかなか寝付けなかったのだ。
なんでって、いざ日を改めて向かい合うはいいが、あんなことがあった後で間が持つのだろうか?
いや、持つだろうけれど。
「初春ー、予約してたの、できあがってるってー」
キッチンで佐天涙子がなにやら言っているが、まるで耳に入ってこない。
こうして改めてデートとなると……。
失敗した。
(デート。デ、でーと……。垣根さんと、散歩じゃなくて、で、でで)
正直言ってしまって傍から見ていれば今までしていたことも同じ類のことなのだが、
悲しいかなうら若き乙女である初春にはその違いがわからない。
一応、朝から親友を呼んで色々とアドバイスを受けていたけれど、
服装から何からすべてにおいて一向に決まらない。
待ち合わせ時刻が刻一刻と近づいてきている。
「……ねえ、初春? 大丈夫? 目がくるくる廻ってるよ?」
「さ、佐天さぁん……どうしましょう……、今日一日の行動を演算してたら頭が破裂しそうです……」
(朝っぱらから人を呼んでおいてこの様子……。うー、たまらないなあ。
 からかってあげたいけど、さすがに……)
鏡の前から動こうとしない初春。
あきれてついたため息で、彼女の花飾りが揺れた。
310:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)22:59:04.50ID:QyN3OI+eo
「まったく子供なんだから。……って初春? さっきから何してんの?」
「こ、この花、変じゃないでしょうか。逆に気合入れすぎてて引かれないでしょうか。
 垣根さんは結構うるさいんですよこういうのきっと。
 あー、やっぱりここはあえて外していこうかな……。
 いや、でもこれは今日に限って外せないし……」
「……、いいから、そろそろ出かけなよ……。誰も気にしてないよそんなの……」
「なっ! 何を言うんですか佐天さん!? 花と私と垣根さんは切っても切れない関係なんです!
 比翼の鳥なんです! ここで適当に済ませてどうしますか!!」
 
(こりゃ白井さんがいたら暴れてそうだなー)
ふああ、とあくびをしながら、佐天は時計を見やった。
……どう考えても遅刻だ。
取りに行ってから待ち合わせ場所に行ってたら間に合わない。
まあ、それはそれでいい経験になるだろう。
「ほら、そろそろ出かけないと。まっすぐ待ち合わせ場所に行くんじゃないんでしょ?
「……はっ!! もうこんな時間じゃないですか!! 佐天さん!! 何で言ってくれなかったんですか!!」
「わかってるなら早く家を出なさいって。そろそろ取りにいかないと呆れられるよ」
「……うう、そうですね……」
最後に鏡を2~3回チェックして、初春は荷物をまとめる。
それだけの気力があれば今日は夕方まで持つだろうと逆に安心していた。
「うーん、でもなかなか粋じゃない? あたしは好きだよ、そういうの」
「……、い、いってきます。佐天さん、後はよろしくお願いします!」
「あいよー。今度ケーキおごってねー」
まったく世話のかかる親友である。
311:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)23:08:23.17ID:QyN3OI+eo
――――――
初春から連絡があったのは待ち合わせ時間を30分ほど過ぎた頃だった。
今まで散々尽くしてくれたのだから文句のいいようがない。
おとなしく待っていようかと思ったが、どうやら近くまで来ているらしいので、
垣根も彼女がいる場所まで足を運ぶことにした。
まだ松葉杖をつかなければ歩けないが―――。
勘弁してくれ。
 簡単に想像できる。ほんとガキんちょだなテメェは】
 わかってますよ私には。ほんと子供ですね】
黙らせる手段がわからない。
文字の上でも口が減らない。
お互い様だが。
315:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)23:16:10.33ID:QyN3OI+eo
歯が浮くような台詞も大概にしてほしい。
しばらくして、GPSで初春の居場所が送信されてきた。
画面上にある点がお互いの距離。
少しずつ、その感覚が狭くなっていく。
 私のほうとしてもそこはしっかりと線引きをしていこうと思っていたところでですね……】
こんなにも能天気に街を歩くのは久しぶりだった。
いや、それどころか生まれて初めてかもしれない。
あれほど邪魔だった木漏れ日が、今は気にならないのだ。
唐突に言われて戸惑っているようだ。
それもそうか。
だが、これだけはどうしても伝えなくては気がすまない。
316:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)23:35:07.01ID:QyN3OI+eo
 テメェの才能は誰よりも俺が知っている。俺の、才能も……。
 それに―――いつか言ってたよな。テメェは俺にとって何なのかって】
返信はない。
 ほら、あの歌にもあっただろ。なんだっけ。
 ナ、ナンバーワンじゃなくて? 
 えっと…………つまり。……俺が言いてえのは……んっと……】
気づけば頭が混乱してきた。
おかしい。
昨日あれほど考えたのに。
いざこれから伝えるとなるとどうしてもこうなってしまう。
 アイツもほら、今回のこと知ったら何ていうかわからねえし……】
そこまで打って、気づいた。
画面上の点が重なり合っている。
ということは、つまり。
「最後くらいうまく決めてくださいよ、ばか」
目の前に、花飾りの少女が立っていた。
317:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)23:48:19.81ID:QyN3OI+eo
「うーん、やっぱりこうしてみると顔整ってますね。さすが垣根さん。
 私のか、か、かかっ、かれ、かれひ、か、」
「いいじゃないですか。花言葉、ちゃんと覚えてくれたって言ってましたし。
 ―――ついに垣根さんの口からオンリーワンは聞けませんでしたけどっ」
初春の両手に抱えられていたのは、とある花。
花束にするのは相当珍しいだろうが、無理を言って頼んでおいた。
多分自分たちにはこれからも、多くの言葉はいらない。
飾った言葉よりも、この花を贈れば、それで気持ちが伝わると確信していたから。
「嘘ばっかり。恥ずかしくていえない垣根さんのために、わざわざ用意したんですよーだ」
気づけば花の香りが二人を包んでいた。
花の名前は、アケビ。
その花言葉は―――。
「お帰りなさい垣根さん。私からあなたに、花言葉にのせて―――」
                      「花束を、あなたに」
fin.
330:◆le/tHonREI:2011/05/08(日)23:55:18.94ID:QyN3OI+eo
「才能」「唯一の恋」
初春飾利と垣根帝督を掛け合わせようと思ったのは、前スレの1~22を眺めていたとき。
それからすぐに初春とていとくんが二人で一つの天使だー()とかいって戦ってるのが思い浮かんで、
あとは自然に任せていたらこうなりました。
正直途中からはプレッシャーがはんぱじゃなかったですが、最後まで見てくれた方、
また前スレでアイデアをくださった方々、そして何より原作者様に感謝を述べて物語を終わろうと思います。
後日談については、ごめんなさい。これ以上はかけないので、ていとくんと初春のお話はこれでおしまい。
長々と語るのは性に合っていないので、これくらいで。
またどこかで会ったら声かけてください。
またね!
318:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/05/08(日)23:52:13.69ID:Afl5vxYoo
このSSの終りに立ち会えてまじで幸せ
322:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都):2011/05/08(日)23:52:47.12ID:c9EanCGBo
乙ー
いい長編だった。楽しかった
327:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2011/05/08(日)23:54:54.11ID:uIW2UqlAO
乙です!!!!!!
アケビ,あけび(通草,木通)
花言葉は
「才能」「唯一の恋」
このSSに出会えて良かった!!感動した!!!
改めて乙です!!!!
333:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/05/08(日)23:56:29.69ID:PhRvqYMG0
大団円おめでとうございます。
垣根さんの能力と言語が戻らなかったのは残念ですが、この二人にとっては些細な問題なのでしょう。
このSSに出会えたことを作者様に感謝します。
328:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2011/05/08(日)23:54:55.96ID:M7rcFaQAO
って、お前ら完結した途端そんなに何処から湧いて来やがったwwwwww
342:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2011/05/08(日)23:58:21.05ID:rS7Ocp8AO
そういえばこれって乗っ取りから始まったんだよな
こんな良い作品になるとは思ってなかった
本当に乙
383:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/05/09(月)00:38:45.69ID:mxBW5Ou5o
ホント毎日楽しみにしてたからなこのSSは…
最高だったよ>>1
384:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県):2011/05/09(月)00:43:00.59ID:PVoDRqUNo
垣根は一新して、初春は経験を得た形になったのかあ。
いろいろと感想を述べたいところだけども、
ラストの初デートの日、合う前から抱く思いが同じだったてのが憎たらしいです!
楽しかったー。

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